きみがため ~ Only one wish ~ (第2版)
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イシンノセカイ3で頒布した十二大戦、丑寅小説(第2版)です。 pixiv掲載の『What A Wonderful World』の前日譚です(こちらを読んでいなくても特に問題ないかと思います)。 失井と妬良が戦場を渡り歩きながら絆を深めるお話。他のキャラもちょこちょこ出てきます。 A5版 126p ¥1000 ◆R18◆ イシンノセカイ3当日に頒布したものから書式変更、誤字等の修正をしております。ページ数は少なくなりましたが内容は変わりません。ご了承下さい。
きみがため ~Only one wish ~
*冒頭一章を公開中 ◆◇ Prologue ◇◆ ―最後まで話を聞くべきだっただろうか。 協議とも折衝とも呼び難い話し合いの輪から背を向け、エレベーターのボタンを押す。迷うな、と言い聞かせながら。 第十二回十二大戦が恙なく終了したことを告げた審判員が姿を消したのち、戸惑いを隠せない面々を取り纏めるべく『申』の戦士が挙手していた。それはまるで、あの大戦開始直後のように。 この大戦で完結したはずの自分がこの場に立っていることには得体の知れない薄気味悪さしか感じられず、さらには、自分に真っ直ぐに向けられる彼の視線は殊更耐え難いものがあった。けれどもそんなことには気付かないように、考えないように、エレベーターの表示が徐々に『 150』に近付くのを、ただ機械的に見つめる。背後から掛けられる声はよく耳に入って来ない。『申』の話を聞かずに一人この場を抜けようと―否、逃げようとする自分を、なんと情けない奴だと嘲笑うにはまだ目が醒めきれていないようだったが、それはたぶん酒に溺れているときと似ていて、考えずに済むことはある意味、幸せなことなのだと思うことにする。――そう思うことを良しとするくらい、妬良は混乱していたのかもしれない。 甲高い到着音を合図に、エレベーターが逃げ場を提供する。妬良は展望室に残る十一人には目もくれず、そこに乗り込む。この扉が閉じてしまえば、きっとすべてが終わるのだろう。 「―失礼」 「―っな!」 だが、エレベーターの扉が閉まる直前に滑り込んできた彼の人は、彼女に新たな幕引きをさせてはくれなかった。まったく、同じ空間にいることなんてできなかったからこうやって静かに立ち去ろうとしているのに。それなのに、音もなく下降する、この閉鎖された空間に二人きりになってしまった。それは、妬良にとっては異常事態もいいところだった。 「傷は残らなかったようだね」 「……え?」 理想の形とはならなかったが、それでも殺し合いをした仲、なんなら生き返りたて、というこの状況に何の違和感も抱いていないかのような失井の口ぶりに、妬良は二の句が継げなくなる。そして今、彼が言わんとしたことにようやく思い当たる。 「あぁ、そう。傷ね……」 ―す、と自分の腹を撫でる。言われてみればそうだった。刺されたはずの腹部に、傷はもちろん痛みもない。そして燃えたはずのアウターも元通り。けれども下降するエレベーターから見える景色は間違いなく朝のそれで、あの大戦から時間が経過していることは間違いなかったし、つまりはこの事態が夢なんかではないことが嫌でも理解できた。そう、そもそもがこの状況だ。理解できるくらい、目が醒めてきたとも言えた。 「……これって、あんたが願ったことなのかい?」 沈黙に耐えきれず、妬良はずっと気になっていたことを訊ねる。 「『これ』が『全員が生き返ったこと』と言いたいのであれば、私ではないと答えよう」 「―はっ!?」 根拠などないが、てっきり失井が優勝したのだとばかり思っていたから、その事実に素っ頓狂な声を上げてしまった。 「優勝したのは『子』の戦士だ。私がきみにとどめを刺したあと、すぐに『卯』の戦士が追い付いて来た。そしてこれは想定外の事態だったが、『申』の戦士が既に『卯』の眷属と化していてね。私は不覚にも身動きが取れなくなってしまった。だが、そこに『子』の戦士が手榴弾を持ってきたのだよ。―そのおかげで決着が付けられた」 「……そっか」 つまりは、この人はウォーキングデッドと共に爆破されたんだな……と理解して妬良は俯く。自分が死んだことはこの際どうでも良い……というのは語弊があるが、とりあえずは良いのだ。しかし、憧れてやまなかった相手が死んだ話など、聞きたくはなかった。――と同時に、『ね』ってどいつだ? と、失井を倒し、しかも全員を生き返らせたらしい相手に対して怒りと呼ぶには何か違う、複雑な感情が込み上げる。 「助けられておいて死んでしまってはきみに顔向けできないのだがね。しかし、あの状況下では最良の結果だった。そして私が『卯』の手中に落ちることなく最期まで戦士として在れたのは、きみがいたからに他ならない。だから私は、きみに感謝しているのだよ」 「……そうかい」 妬良はとりあえずそう返答しておく。彼女からすれば、明確な意志があったとはいえ、余計な手出しをして『卯』から失井を庇ったに過ぎない。そして、『子』の戦士が失井に伝えた『相棒の功績』の話など知る由もなく、ゆえに自分が礼を言われる理由など正直よく分からなかったのだ。けれども、わざわざ後を追ってまで礼を言おうというのだから、あの自分の馬鹿げた行動も彼なりに思う所があったのだろう、と、そう受け止めておいた。しかし憧れてやまないその人から贈られるその言葉には、誇らしさを感じるよりも目を背けたくなった。なぜなら、この礼を受けることは何かに区切りがつけられることを意味するからだ。それは戦場で交わった二人の関係にもひと区切りつけられる、ということは想像に容易い。 区切りをつけること。妬良は決して、大戦の結果に異議を申し立てたいわけではない。そして失井が彼自身の死に様に納得しているのであれば、自分がどうこう言うことではない。ましてや彼の仇とばかりに『子』の戦士に挑むなど、それこそ馬鹿げているとも思う。だがそうなると、妬良の気持ちのやり場がどこにもなくなってしまうのだ。この大戦に出場したことで、いや、出場権を得て、あの展望室で彼の姿を目にしたとき、既に自分の願いは叶ってしまったようなものだった。そしてその願いは、あの死を以てさらなる次元へと昇華されたはずだった。それはたとえ何度やり直しができたとしても、きっとあの形でしか得られなかったものだと思っている。だからこそ、こうやって意味もなく生き返ってしまった今、妬良は途方に暮れていた。これから前を向いて歩くにはその目的がなく、進むべき方向さえ分からない。だって、彼に会うためだけに生きていたのだから。そして、これまでを振り返ってしまえばいつまでも前には進めず、懐かしめばそれが過ぎ去りし出来事なのだと受け入れるに等しい。だから、今さらどうしろってんだよ、と、そんな思いだけがぐるぐると頭の中を渦巻いている。 と、その思考の渦に、失井の声が割って入った。 「そのようなわけで、私はきみに恩を返したい」 ……何言ってんだこいつ、と妬良は心中で首を傾げる。ウォーキングデッドにならないように、ちゃんととどめを刺してくれたじゃあないか、と。だが、そんな妬良の心中は意に介さないようで、失井は提案を続ける。 「確かきみは一対一の決闘を望んでいたはずだ。これがきみの納得する形なのであれば、それを果たさせてほしいのだがね」 ―あぁ、もう。こいつは何にも分かっちゃいないねぇ。 妬良は内心ため息をつく。もう、自分は報われてしまったのだ。 「……言っただろ?」 戦士らしからぬ、どこか心許ない、か細い声だった。 「決闘はもういいや、って……」 ―あのとき遂げられた想い以上のものなんて、ない。 せっかく生き返ったというのに、それでも失井が自分との約束を果たそうとしてくれていることが、ただ純粋にうれしい。でも、これ以上はいらない。受け取ってはいけない。自分の人生などあれでまぁ良かったのだし、なんて言ったって、終わり良ければすべて良し。あれがこそが良かったのだ。だから、この話はもうおしまい。今の妬良には、願いを叶えて、死んで、そして生き返るという摩訶不思議で理不尽極まりないこの状況を整理し、理解し、受け入れるだけの時間が必要だった。 「あんたの気持ちはありがたいんだ、本当に。でもさ、正直どうして良いか―これからどうしたいのか分かんなくなっちまったんだねぇ」 最後のチャンスと思いながら大戦に出場し、やっと彼に会えて、ひょんなことから共闘し、それでああやって死んで……。しかも、最期があまりにも報われ過ぎてしまった。 「……だからさ、そんな提案されてもダメなんだ。今のあたいは決闘なんてできないよ」 彼は静かに妬良の言葉に耳を傾けていた。何も言わなかった。じきにエレベーターが地上へと着くだろう。妬良は最後に、想いを言葉に変えて振り絞る。さっきから俯きがちだった顔をしっかりと上げる。不安げな声は腹の底に押し込め、はっきりと通る声で伝える。 「それにさ、あんたが言うように、あたいもあんたのおかげで最期まで戦士として在ることができたんだ。だからこれでおあいこ、それじゃあダメかい?」 にやり、と笑う。―笑うふりをする。そしてよく言った、と自分を褒めてやる。せめてこの扉が開くまで、もう少しだけ、あの潔い死を選んだ戦士のふりを続けるのだ。きっと彼ならこの意に添ってくれるだろうと、なんとなくだが分かる。だからこれで貸し借りはナシ。二人の関係はゼロに戻るのだ。 「では、一対一の決闘は不要、ということかね?」 「―うん、そういうこと。申し出はありがとな!」 今度こそ妬良は笑う。欲しいものならば、もう充分受け取った。我が人生に悔いなし。そう、さよならだけが人生だ。選べるのならば、また、そうやって別れたい。 エレベーター内に、到着音がこだまする。 妬良はいまひとつ読み取れないその表情を、冥土の土産とばかりにちらりと拝む。だがそれも一瞬、潔く視線を切った。 「―それじゃ、いろいろありがと! 縁があったらまた戦場でな!」 振り向きざまに手を振ると、扉が開くとほぼ同時にエレベーターホールへと飛び出―せなかった。 「―待ちたまえよ」 彼が、その腕を掴んでいる。 「……!」 話はもう終わったはずだ。少なくとも、妬良はそう思っている。だが。 「まだ話は終わっていない」 失井はそうではないようだった。妬良の腕を掴んだまま、彼もエレベーターから降りる。 「これ以上、なんだってんだよ……」 視界の端で、エレベーターの扉が閉まるのが見えた。なんだかひとつ、道が絶たれたような気分になる。今さら決心を鈍らされるようなことはごめんだと、その表情には苛立ちが滲み出ていたかもしれない。だが、失井は動じなかった。 「まったく、こちらの話も聞かずに自己完結するのがきみの戦士としての流儀なのかね?」 その声音はどこか呆れたようであり、一方で、言葉とは裏腹にこの会話を楽しんでいるようでもあった。失井は、妬良の瞳を真っ直ぐに見つめて言う。 「縁があれば戦場で、というのであれば、これからでも構うまいね」 そして、妬良の腕を掴んだ手をふと緩める。 「きみにはぜひ、次の私の仕事に同行してもらいたい」 「……は?」 何かと思えば、あまりに唐突な提案だった。妬良は言葉を失う。 「これから何をすれば良いのか分からないのだろう? ならば私と共に来たまえ。―あのときのきみは決闘を望んだが、私は今、きみとの共闘を望んでいるのだよ」 他でもない、皆殺しの天才からの申し出であった。